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名古屋簡易裁判所 昭和38年(サ)825号 決定

申請人 住田一義

被申請人 片岡貞子

主文

申請人の申立を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

申請人

「申立人片岡要相手方柳沼弥一間の当裁判所昭和二八年(ヨ)第一三三号建物収去土地明渡調停事件の調停調書につき、当裁判所書記官(補)前田四郎が昭和三八年一一月七日付付与した執行文に基く強制執行はこれを許さない。」

との裁判

被申請人「申請人の申立を却下する。」との裁判。

第二、申立の事由

一、片岡要と柳沼弥一間には、昭和二八年八月二〇日成立した請求の趣旨掲記の調停調書(当庁昭和三八年(サ)第六九九号更正決定により一部訂正)が存在し、その主たる内容は次のとおりである。

(イ)  片岡要は柳沼弥一に対し別紙第一目録〈省略〉記載の土地を、期限昭和三八年八月二〇日迄、地料は一ケ月金七五〇円の約で賃貸する。

(ロ)  柳沼弥一は片岡要に対し、前項の賃貸期限が満了したるときは直ちに別紙第一目録記載の土地を、その地上の建物その他工作物全部を収去して明渡すこと。

二、しかして、被申請人は右賃貸借期限到来後、当庁に対し、自らは片岡要の相続人として、同人の執行債権者の地位を承継したりとし、又申請人が別紙第一目録記載の土地上に存在する別紙第二目録記載の建物を右柳沼より取得して同人の執行債務者の地位を承継したりと申立て、主文掲記の執行文付与を受けたものである。

三、しかしながら、右執行文の付与は次の三点において違法である。

(一)  前記建物収去土地明渡調停事件は昭和二八年五月一六日片岡要の代理人たる被申請人によつて申立てられ、同年八月二〇日、代理人たる被申請人と柳沼弥一間に成立したものであるが、片岡要は昭和一九年頃より行方不明で、昭和二八年三月九日死亡とみなされたものである。従つて右調停調書は実在しない死者を当事者として成立したことが明らかであるから、何人に対しても効力を有しない当然に無効の調停調書である。従つて当然無効の調停調書に対し、執行文を付与した処分は違法である。

(二)  次に調停調書作成の日が昭和二八年八月二〇日であり、被申請人が片岡要を相続したのが昭和二八年三月九日であるから、右調停調書成立後に於て、被申請人が片岡要を相続したる事実がないことが明らかであるのにかかわらず、右相続による一般承継を認めたる執行文の付与は違法である。

(三)  更に申請人は昭和三〇年一〇月二一日別紙第二目録〈省略〉記載の建物を譲渡担保の目的で、その所有者名義を柳沼弥一より取得したものであるが、譲渡担保の場合、所有権の移転があるのは、担保権設定者と担保権取得者との間にとどまるのであつて、本件に於ける如く、家屋の担保権設定者(柳沼弥一)と地主(被申請人)との関係では、その担保の目的となつた家屋はいぜんとして担保権設定者の所有として取扱うべきであるから、柳沼弥一と申請人との間には別紙第二目録記載の建物につき譲渡による特定承継は存在しないのである。それにもかかわらず右特定承継を認めた執行文の付与は違法である。

第三、被申請人の答弁及び主張

一、申立事由中第一、二項は認める。第三項は争う。

二、(一)片岡要は昭和一九年頃より行方不明であるが、被申請人は右要の唯一の生存実子で、当時既に三四才であつたから、要は自分のあとの財産管理は被申請人に一任していたものであり、被申請人においてもこれを了承していたのであるから、被申請人はいわゆる不在者が自分で選任しておいた不在者の財産の管理人であつたものである。

(二) 而して被申請人は要の行方不明の間である昭和二八年五月一六日要の代理人として名古屋簡易裁判所の許可を得て柳沼弥一に対する調停を申立て、申請人主張のような調停調書が成立したのであつて、本人(片岡要=原調停申立人)死亡するも代理権消滅の通知なき限り法定代理人の消滅なきものとする民事訴訟法第五七条一項及び本人の死亡による訴訟代理権の消滅を認めない同法第八五条の趣旨からして、本件の場合のように本人である要に対する失跡宣告の結果たとえ遡つて死亡していたものと看做されても原調停の当事者としての適格を否定さるべきものではないと考える。(同趣旨の判例最高裁判所第一小法廷昭和二八年四月二三日判決)

(三) 右の考え方が正しいとすれば被申請人は要の相続人として同法第二〇一条第一項の準用により原調停申立人の地位の承継が許されなければならないと考える。

(四) 次に柳沼弥一から申請人に対する特定承継についてであるが、仮りに申立人主張の如く本件建物が譲渡担保目的物であるとしても、本件建物の譲渡担保としての性質は、昭和二八年一〇月一〇日までであつて、右期日までに柳沼弥一が申請人に対し元利金の返済ができない場合は申請人が直ちに任意にこれを処分精算する約定であつて、本件建物につき昭和三〇年一〇月二一日付売買を原因として柳沼から申請人にその所有権移転登記を経由していることに徴すると、その時既に担保目的物としての性質は完全に消滅してしまつているものといわなければならないから申請人の主張は失当である。

第四、被申請人の主張に対する申請人の反駁

一、核申請人は片岡要が選定した同人の為の不在者の財産管理人であつたものであると主張するが、右選任の事実はない。すなわち、

(一)  片岡要は突然失踪をしたものであつて、予め相手方に財産管理の委任をしたことはなく。

(二)  右失踪当時、被申請人の夫亮一は婿養子として要の子であつたこと、被申請人夫婦は要と別居中で、同人は独立の生活を営んでいたこと、別居中被申請人が要の所有不動産の管理をしたことのないことに照らし、被申請人としてはせいぜい要の唯一の生存実子としての相続上の希望を有していたにすぎず、財産の管理をしていた事実はない。

二、従つて財産管理の委任をうけたことを前提に当事者適格を論ずる被申請人の主張は理由がない。

第五、証拠〈省略〉

理由

申請人主張の如き本件調停調書に承継執行文の付与がなされたことは当事者間に争がない。

申請人は右調停調書が調停申立以前に死亡した片岡要を当事者として成立しているから当然無効であると主張するので審按するに、調停申立以前に死亡した者が当事者であるならば該調書が当然に無効であることはいうまでもないことである。被申請人は片岡要から包括的代理の委任をうけた被申請人に代理権がある限り死亡者の要に当事者適格があると主張するが、実在しない者に当事者適格を論ずる余地はないから失当である。

しかし、表示されたものが死亡者であつても、本人死亡前に包括的代理の委任をうけたものが起訴すれば、表示された死亡者の相続人その他の承継人につき訴訟係属を発生せしめうることは考えられる。すなわち、当事者の確定は通常訴状め記載のみから客観的に確定されるが、他面、法は訴訟の当事者と訴状における当事者の表示との乗離を禁ずるものではなく、訴訟係属後の当事者の死亡は、訴訟の当然承継を結果し、更にその趣旨を類推すれば起訴応訴につき訴訟代理権の授与のあつた後に当事者が死亡した場合、本人の死亡に拘らず代理権の存続する法定代理人が存在する場合にも、死亡により代理権は消滅しないから、かゝる代理人が或はかゝる代理人に対して本人死亡後に為した起訴応訴も、当事者として表示せられた死亡者の相続人その他の承継人との関係で訴訟係属を発生せしめると解する余地がある。

そして不在者の包括的代理の委任により不在者の財産管理人となつた者の代理権は、その代理権の性質上民法第一一一条一項の規定の適用がなく、本人死亡するも消滅せず、訴訟上も、法令による訴訟代理人とみるのが正当であり、その訴訟代理権は本人の死亡により消滅しないと解せられ、以上の法理は調停において別異にする理由はないから、これらの者が本人死亡後になした調停の申立は、当事者として表示せられた相続人その他の承継人との関係で調停を成立せしめうると考えられる。

これを本件についてみるに、本件調停調書は昭和二八年五月一六日、片岡要の代理人として被申請人が柳沼弥一に対する建物収去、土地明渡調停を申立て、同年八月二〇日成立したものであること、片岡要は失踪宣告により右調停申立以前の昭和二八年三月九日死亡とみなされたことについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の一、第三ないし第四号証、証人柳沼弥一の証言、被申請人本人尋問の結果によると、被申請人は片岡要の唯一の生存実子であること、被申請人は昭和三年亮一と婚姻して以来片岡要とは別居していたが、同人は昭和一三年に妻と死別して一人暮しであり、被申請人は近隣におり絶えず往来していたこと、片岡要は昭和一九年二月一七日祭見物に出たまゝ行方不明になつたが、その前日とくに被申請人のもとに立寄つたこと、その後被申請人は片岡要所有家屋を管理していたが、昭和二〇年頃柳沼に右要所有家屋を賃貸したところ、戦災で焼失し、その跡に柳沼が無断で新築したので、申立人片岡要代理人片岡貞子として前記調停に及んだものであること、片岡要の所有土地はその死亡に伴い被申請人が一人で相続したこと、以上の事実を認めることができる。

右事実によると、本件調停の当事者として表示せられているものは調停申立以前に死亡している片岡要であるが、被申請人は片岡要から同人が行方不明になる前その所有土地家屋につき包括的代理の委任をうけていたものと認められる。従つてかかる地位の被申請人がなした片岡要死亡後の調停の申立は、その相続人のために、すなわち本件では被申請人自身の関係で調停を成立させたものというべく、そしてかゝる場合は、相続人たる被申請人は承継執行文の付与を受け得るものというべきである。よつて異議事由第一、第二は理由がない。

次に申請人は本件家屋の譲渡担保権者にすぎず所有権は依然として柳沼弥一にあると主張するが、成立に争いのない甲第二号証、証人柳沼弥一の証言により真正に成立したものと認め得る甲第五号証、同証言(後記措信しない部分を除く)によると、柳沼弥一は昭和二七年一〇月一〇日申請人から本件家屋を譲渡担保に供し、弁済期昭和二八年一〇月一〇日の定めで金一四万円を借受け、右家屋につき売買予約の仮登記を経由したが、期日に返済することができず、昭和三〇年一〇月二二日付で売買を原因として本件家屋の所有権移転登記をなしたことを認めることができ、右認定に反する証人柳沼弥一の証言部分及び申請人供述部分は俄に投信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によると、柳沼弥一と申請人間には本件家屋の特定承継があるものといわなければならない。

以上の次第で申請人の主張はすべて理由がないから、本件異議申立はこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸塚正二)

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